手を繋いで、君と歩こう

　　まだまだ続く。


　　　　　辿り着いた一つの目的地へ。ここから始まる…？

　なんだかとても気まずい。いや、気を回していただいたことはとても感謝すべきで、しかも私は光秀様の妻なのだから、恥ずかしがることではないのだけれど……。



　私が悩まないようにと、光秀様は奥州の領地に入ってすぐに伊達政宗様のお城を目指しましょうと仰った。まだ伊達の領地の端っこだというのにとても上機嫌で、今日はちょっと奮発していいお宿に泊まるような事も。
　しかし、小さな村について一息入れようとしたところ、私も戦場で見かけたことのある月を背負ったお方、片倉小十郎様がちょうどその村に視察に来ておられた。
「？おや？あれは政宗公の犬ではありませんか。挨拶でもしましょうかね」
座っていた茶屋の椅子からゆらりと立ち上がり、農民と親しげに話す片倉様の元へ行こうとした瞬間、私は一気に距離をつめて刀に手をかける片倉様の動作を見切り、光秀様の前に自分の身体を滑り込ませた。ぴたりと自分の鼻先で止まった刃に息を呑めば、
「穏やかじゃありませんねえ。私の妻に傷がついたらどうしてくれるんです？貴方の首なんて貰っても嬉しくないんですよ？ああ、でも城の門にでもかけておけば見せしめになりますよねえ、ククク」
不機嫌さを滲ませた光秀様の手は、二倍ほどあろうかという小十郎様の腕を掴み、高速の突きをぎりぎりで止めていた。
「光秀様……」
「怖かったですか？もう大丈夫ですよ。というか、貴女ももう私の護衛ではないのですからこんなことをする必要はありませんよ。守られてくださいよ、夫としてやってみたいんです」
「……今やっていただいたんで十分です」
「こんなの守るの内に入りません」
小十郎様そっちのけで私を心配してくださるのは構いませんが、小十郎様が震えてます、怒りで。何時第二撃が来てしまうかとはらはらする私をよそに、光秀様は念のため残しておいた刀を抜くか悩んでいらっしゃる。

　ヒュッと甲高い音がして、私の髪につけていた結い紐だけがすっぱりと切れる。これは光秀様が買ってくださったものだからきっと不機嫌に……既になってる。
「よほど死にたいようですね、フフ、最近これに触っていないので上手く相手をして差し上げられるか分かりませんがね、やはり心情としては売られた喧嘩は買わなくては」
「随分饒舌になったじゃねえか、夫婦になってから変わったのか？いや、夫婦っつってもそこの女を脅したかなんかで連れてきたんだろう？国境を超えやすいようにな」
「言ってくれますね、腹が立つなんてことよりもむしろ、貴方を殺したい！死んで妻に詫びなさい！」
　久しぶりに光秀様の抜刀を目の当たりにした（だって彼はいつも鎌を愛用しているから）。光秀様と鍛錬を共にした人間は、光秀様の癖を捕らえることが出来る。光秀様は、必ず一の太刀を下段で流す。それで相手の力量を見るのだ。だが光秀様は斬られたい、という思考が前提にあったことがそれに拍車をかけているので、このような手練とでは一の太刀などと言っていられない……下手をしたら腕ごと、ということも考えられる。

　伊達の主従はそういえば上段の構えを取るのだ。最初に刀を習うものが習うものではない。攻撃性を重視した構えで、双竜として名を馳せる彼ら独特のそれ。両者とも抜刀したまま動かない。動いたときの一瞬の隙を狙っているのだ、音を立てるのも憚られて私まで動けない。
　しかし、馬の蹄の音が聞こえるのは気のせいではない。確実にこちらへ近付いてくる。
「やーっぱりここに居やがったか小十郎！テメエら刀を退けろ！そいつに手出しはするな！……久しぶりだな、カズナ。こいつの嫁になったらしいって聞いたときは俺も少しばかりお前を疑ったぜ」
「政宗様……お久しぶりでございます、今は何処にも属しておりませぬので」
「ああ、そうだったな。ただの明智光秀とその妻カズナだろ」


　小十郎様は政宗様が刀を退けるように仰ってからも光秀様を警戒してなかなか鞘に入れようとしなかったのだが、光秀様はさっさと片付けて本題に入っていた。
「黒脛巾から、国境付近にいるって聞いたから馬飛ばしてきたんだがちぃと遅かったみたいだな、話はわかってる。追っ手から逃れるんならしばらく俺のところにいるといい。お前らは同じ部屋で頼むな。他のやつらに気付かれて騒がれても困るだろうし。城下に家を確保するまでは城にいてくれ。ここまでなら他のやつらに聞かれても大丈夫だが……」
細かいことは城に戻ってからだと。

　そうして今に至るのだが。
「布団まで一組……」
「すごい気の回しようですね。好意に甘えるのも処世術の一つですよ。どうですか？」
「……なしでお願いします」
「却下にしましょう」
「ええ！？」
「そういえばね、あの猿に組するかしないかというとき、政宗公は遅参されたのですよ。それが首をはねてもいいんじゃないかという輩までいましてね」
いきなりな話の跳躍で驚いた。だがその話は聞いたことがあるきがする。でもそれは光秀様の口添えだったか？私は考えたがわからなかった。
「使える駒を無理に潰す必要はない、駒として使った後でいいと言ったのですよ。でもあの猿は彼を気に入って未だに使っている」
政宗様は確かに秀吉と協力しているが、民の負担が大きいのをとても気にしていた。反旗を翻すのも時間の問題だ。彼は自分の国だけでも守ろうとしているのだから。

「私たちの暮らしの安寧のため、もう少しだけ伊達に協力でもしましょうか。こっちにきてください、もう寝ましょう」



　光秀様が折れて何もしないというまで、布団に行くのは躊躇われた。