届カナイ手、埋メラレナイ心

　　チャットによって書いてしまえと思った作品その1．

　　守×はる　で、IF設定の話です。若干切なめで、もし2年経っても守が迎えに来なかった場合
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（しかしお互い本当は好き同士） 
　　ということで書きました。これはギフト設定になっていますが、記念ということでこっちに置きますー

もう弐年。たかが弐年と思おうとして、されど弐年だと実感する。

　

　いつものように手紙を書いて準備をする。ご兄弟に送るものと千富さん、たえちゃん。そして。

「もう、弐年になっちゃいましたよ……」

　御杜守様、そう書かれた表書をそっと撫でて溜息をつく。彼にはもう新しい生活が始まっていることだろう。元々小説を書いて生計を立てていたようだし、ネタとなる出来事もたくさんあった。そして何より、彼自身が殻を破って自分を見つめ直すことは、題材にもなれば落ち着くためには必要なことだと思った。
　けれど今、後悔している自分が嫌になる。待っているのがこんなに寂しくて辛い、だなんて。彼はもう前を向いて歩きだしてしまったのだろうか、自分を置いて。でもそれも仕方のないことだ、私はそれを応援しなければならない。そろそろ頃合いなのだ、彼が決めた様に、私も決めなくてはならない。


「ちょっと！何ぼーっとしてんのよ！勇様の見送り、その後銀座でトキ様に贈るとか言ってたショールの受取でしょ！ついでに買い物も済ませてきてよ！」

　親友になれたたえちゃんは出世して、使用人頭としてまた私にお仕事する機会をくれた。何と言っても田舎まで迎えに来てくれて、「早く用意しなさいよ、あたしがこんなとこまで来てやったんだから！」といった時には笑い泣きしてしまった。此処で思い出に沈むより、忙しく職場で働けば、次第に傷も忘れるだろう。たえちゃんにそれはもう心から感謝した。
　勇様を見送るために慌ただしく玄関先へと出れば、兄弟揃って出ていくのだろう、洋行している博以外全員がそこに居た。

「大佐、今日は夜やす田に行くのだろう？時間を聞いていないのだが」
「貴様の仕事が終わり次第向かえばいいではないか、俺は都合を付けて向かうつもりだが……何があるかわからんからな。進はどうだ」
「定時で終わるので、それからすぐに行きますよ」
「なになに、皆来るの？あっ、まーさーしは来ないの？」
「行くわけないだろ、五月蠅い連中がいないから、夜はゆっくりできそうだしね。党首の座を奪う算段でも立てるつもりだからさ、そっちもせいぜい作戦練っておけば？」

　この兄弟は本当に変わりがない。まあ、弐年で何が変わるのかと問われるとそこまで変われない部分が大きいだろうが、それにしたって仲がいいなあと生温かい目で見つめてしまっても仕方ないだろう。正様が額をこん、と突いてくるまで和気藹々としたご兄弟を見つめてしまったが、大丈夫かと聞かれておたおたしながら行ってらっしゃいませと言った後、失態だった！たえちゃんに怒られる！と思った。


　銀座に来たのは久しぶりだった。新しい店はなかったが、パーラーには確実に新商品が出ているに違いない。行きたい。けれど、今日はお遣いで来ているので我慢だ、我慢……。半ば走る様に帝国百貨店へ入る。これでよろしいですか、と広げられたショールによくわからないがはい、と返事をし、包んでもらって店を出る。次は買い物だとメモを見ながらきょろきょろしていると、見知った影が横切った気がした。思わず立ち止まって俯く。

　横切った気がしただけだ、そう、きっとそう。居てもおかしくないのだ、だって彼と住んでいたところは少し歩けば銀座に着いてしまうくらいだった。ああ、でも今そこに住んでいるとは限らないんだった。あんなに忘れようと思ってきたことだったのに、影を見ただけで脈が速くなっているのがわかる。落ち着け、私。ああ、今日はもう限界だ、悪いけれど買い物は他の人に頼もう。ぱっと顔を上げて街鉄の駅へと走ろうとした時、後ろから声がかかる。
「変わりがないようで、安心した」
　振り向いて、声の主を確認する。書生の姿に、壱枚温かそうな羽織。和やかな笑みは、かつて彼に無かったもの。この弐年で彼は、心の平穏を手にしたのだと、わかる。私がいなくても、彼は。

「守さんも、いえ、守さんは変わられましたね。」
うまく笑えたと思ったのだが、彼の顔は曇っている。何かいけないことを言っただろうか。鋭い目つきではないけれど、その眼差しは私を不安にした。私、何かいけないことしただろうか。
「私はこれで失礼しますね。まだ仕事中なんです」
ぺこんと頭を下げて走り出す。まだ守さんは何か言っていたと思うけれど、聞いていなかった。伸ばされた手が少しだけ掠ったけれど、その温度もわからないくらい触れ合ったところは少なくて。もう少しで泣くところだった。なんだかいろんな気持ちが混ざって仕方がない。涙が結界寸前で屋敷に戻ると、まず雅様がぎょっとしてたえちゃんを呼びに行った。


　仕事はその後休みになった。というかされてしまった。でも一人になればどんどん悪い方向へ考えてしまう。どうしてあんなに穏やかに話し掛けたの、弐年経ってもう踏ん切りがついてしまったの、私のこと、いらなくなっちゃったのかな。いやいや、私のこと、笑って挨拶できるくらいになったんだから喜ぶべきじゃない。いい環境なんだ、あの人が笑えるんだもの。でも――。



　できることなら、その時私が隣に居たかった。
 




　　　　　時計ノ針ハ巻キ戻ラナイ　へ続く