追いかけられない背中 ＜下＞

　　追いかけられない背中＜上＞＜中＞の続き。

　　最後ちょっとだけ救済っぽくなっているといい。

　駆けよって見れば、たった今作られたらしい肩の傷は昔の場所と寸分違わず。そして反対の肩にも見受けられた。遊ばれた、ということだろう。ただ大勢に傷を付けられたわけではなさそうだと見た佐助は思案する。風魔が現れたと同時に他は退いたのかもしれない。この一人を殺し、残りを始末するくらい造作もないと考えられたのか。
　そしてもう一つ、才蔵への感謝の言葉。当たり前のはずだと分かっていながら悔しくなる。気配も絶っていなければこんなに近くにいるのに、この女は才蔵さんと譫言で呼ぶ。それにまた苛々が募っていく。幸いにも敵はいる、八当りは出来る。俺のことを好きだって言ってたんじゃないのかよ！連れてきた周りの忍に処置を任せて膝をついた状態から的に向かってぶん、と腕をふるう。指先から離れた苦無は才蔵の口布すれすれと風魔の紅い髪を数本風に舞わせた。攻撃によって今一度距離をとった二人は、警戒しながら此方に意識を向ける。そして残りの忍衆が首を獲らんと跳躍した。
「敵討ちでもする気だったか？」
「譫言でお前のこと呼んでんの。俺様やさしいだろ、こうして連れてきてあげたんじゃん」
「殺気を撒き散らして、か？ただの嫉妬だろう。こんな時にそんなことを考えているのか、お前が仕事だのと言っていたのになぁ？これは有事だ、戦に出来る大事だぜ？」

　佐助は舌打ちした。譫言ででも自分を呼んでくれていたらどんなに良かっただろうか。それこそ一発で風魔を仕留めてやろうという気になったかもしれない。この一月考えすぎたくらいに考えた。ちょっかいを出してもらえるのを待っていたとは。でももう認めなくてはならない。才蔵に嫉妬しているのだと。こんなときだというのに、佐助を間違えたことはおろか、一切口に出さない。もう意識の中に佐助はいないということなのか。
「俺様のことが好きなんじゃなかったのかよ、何で才蔵しか呼ばないんだ？」

　黒い闇へ落ちた意識。こいつの意識が戻ったら、今度はしっかり苛めてやろうと佐助は思う。一度振られた男に向こうからは近づいてこないだろうが、今度はこっちからいけばいい。せいぜい、今は才蔵のぬくもりに安堵していればいい。
「はいはい、仕事しろよー俺様ちょっとやることあるからさ」
もう一度、今度は浮き上がらないようにちゃんと俺様に落とさなきゃ、声には出さずとも口にした佐助を見て、これで丸めに収まりそうだと才蔵は口布の下で笑みをこぼした。